古式かぶと釜で蒸留されたブランド

 かぶと鶴見、 かぶと莫祢氏 (左から)

かぶと釜蒸留法について

かぶと釜蒸留法は、日本では明治時代頃まで用いられていた伝統的な蒸留法です。

東南アジアの山岳地帯では、いまでも一部の地域で同様な方法で蒸留酒を製造していると言われています。 蒸留に大変な時間と手間のかかる原始的な製法ですが、香味豊かな、他では味わうことのできない個性のある美味しい焼酎に仕上がるのが特徴です。

かぶと釜の歴史

薩摩(鹿児島)地方を治める島津藩は、文武両道を家訓とし、阿久根地方では「出水兵児(いずみへこ)」と呼ばれる独特の農民兵隊組織(郷士)を作り上げ、島津藩独特の藩風で徳川幕府と一線を画してきました。

一方、古くから広く海外との交易にも熱心で、中国初め東南アジアからの文化、西欧諸国からの先進技術も受け入れるという、当時では開明で独特な藩でした。

薩摩の農民兵隊では、農業を営みながら武術教練を行い、1日の疲れを焼酎で癒す、薩摩地方では「だれやめ」と呼ばれる晩酌をするというのが日常でした。 そして焼酎を蒸留する為に、「かぶと」を用いたという古文書が残っています。

かぶと釜

「薩摩における焼酎作り五百年の歩み」蟹江松雄・岡嵜信一 共著より

かぶと釜と大石酒造の歴史

さて、五代目啓元は、この古文書にたいへん興味を持ち、この古くからの製造法を再現してみたいと考えました。 そして、地元の博物館の展示ケース内に展示されていたかぶと釜の模型を、何日も通い続け目測をしました。

当時に使われていた薪の代わりに蒸気を使う、かまの材質が違うなど、なかなか目測だけではアルコールの抽出ができず、設計変更を何度も繰り返すという、苦労の日々がありました。

また、ようやくアルコールが抽出されても、蒸留に大変時間がかかる上に、ごくごく少量しか生産されないため、商品化にはほど遠い状態でした。

それでも啓元は、「かぶと釜でできた美味しい焼酎を、できるだけ多くの人に味わってもらいたい」という一心で、長年にわたる努力の結果、高い品質と安定した生産量の実現に至ることができました。 幾度の失敗、試行錯誤を経てようやく現代に再現できた「かぶと釜(かま)」です。

大きな蔵元では決して実現できない、手作りにこだわる小さな蔵だからこそ「かぶと釜」による蒸留が可能となりました。 かぶと釜には、大石酒造の「こだわり」の原点があると言えるでしょう。

かぶと釜

写真 左:かぶと釜と工場長の北川

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