通い徳利

「通いとっくり」とは

昭和の前期まで、ガラス瓶は、まだまだ鹿児島県の方まで流通していませんでした。そこで、焼酎の蔵では、18L/一斗(一升瓶10本分)カメに焼酎を入れて、蔵から酒販店に配達されていました。

当時の地元の人は、とっくりがなかなか手に入りにくかったため、蔵から「貸し出された」とっくりを酒販店に持って行き、酒販店は、焼酎を木の升で、カメからとっくりへ移して量り売りをしていました。

多くの人は、その日に飲む分だけを、購入していたようですね。 とっくりは、大きいもので一升瓶程度、小ぶりのもので、4合程度のようです。

昭和20年代?30年代には、一升瓶での売り出しもはじまり、通いとっくりもまだあるという、過渡期となります。このころは、多くの町の人は、とっくりではなく、家にある空き瓶(サイダーの瓶等)を利用して、量り売りをしてもらっていました。

昭和35年以降、高度経済成長と共に、通いとっくりは急速に姿を消したとのことです。

阿久根村時代 の「通い徳利」です。 左側のものは、阿久根村と書かれています。現在の阿久根市は、1924年(大正13年)まで村でした。 そのため、これは、1924年以前の「通い徳利」です。お客さんに貸与するため、番号を記入してあります。

左側のものは品質が良く、上品に出来ています。 右側のものは、年代は不明ですが、たぶん苗代川焼きで、汎用品として製作されたものでしょう。 陶土も黒っぽく白い釉薬でそれらしくしています。しかし現代の感覚で見れば、力づよく味のある作品といえます。

カメ

「とっくり」よりは容量の多い、「カメ」です。3升入り(5.4リットル)でしょうか。阿久根町とあります。阿久根が町になったのは、1925年(大正14年)からなので、それ以降にできた「カメ」です。

これは、家の新築祝い、船の進水式などのお祝い事に、お客様に貸与して用いました。用済み後は返却されました。 従って番号が書かれています。

これは、平成になってから(1990年頃)、家の解体をした人が持ってこられました。その方の祖父にあたる人が「これは返すんだ。」と常日頃言われていたのを思い出して持ってこられました。大変律儀な方がいらっしゃるものです。

とっくりのデザインいろいろ

様々なデザインのとっくりが残っています。年代は不明です。 当時は、屋号はどれが正しいのかわかりません。
実に、いろいろな表記がしてあります。大石長次郎本店、大石醸造所、大石醸造本店など。大石醸造所が一番多いでしょうか。

こちらの写真の右側のものは、大石の「石」の字を書き忘れています。一つ一つ手作りで、いろいろな表情が楽しめます。

文:大石啓元

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